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「独創力はどこから来るのか?」(爆問学問)

2008年3月25日(火)
爆問学問の京大スペシャルで「独創力はどこから来るのか?」のテーマで議論していた

基本的に議論になっていなくて混沌としていたね
今、何について議論しているのか、互いにきちんと把握できてない気がする

太田の主張
「あなたの学問は違うという全く違う主張をした場合に喜べるのか?
 自分の人生が否定されるのではないか?相手(対応)をしてくれるのか?」
これは一理あると思う。
間違っていると思えば相手にしない、それは人間として仕方がない。
そこでもきちんと主張する側は、証拠を持って否定できないような形で主張することが
主張するものの義務だろう。
それでひっくり返ったらどうなるか。
自分の人生が否定されることもある。
しかし自分の結果がなければその違う意見も出てこないかも知れない。
正しいことを知るのが喜びでしょう。
人間としては知りたくないが、学問としては認めざるを得ない。
ローレンツは「アインシュタインが生まれる前に死にたかった」と言っている。


太田の主張
「科学と言っても証明はできないのでは?」
その通り。
ではなぜ科学がここまで力を持っているのか。
科学の確からしさとその結果出て来る結論の有用性による。
それに反することを言うならば、それだけの有用性を示す必要がある


太田の主張
「科学の主張は一般市民にまで降りなければならない」
降りなければならない内容のものと降りる必要がないものと
降りるべきだが難しすぎて降りるのが非常に困難なものがあると思う


太田の主張
「独創力はどこから来るのか?なぜ?と思えるのがすごい」
なぜ?と思えたとしても、それを物理学にするには技術が必要


太田の主張
「前の人の知識の積み重ねでしかない。それ以外のことはできない。
 最後は棄てないと。最初からそれをやることはできないか?」
できるならばやればいい。
できないから学んでいる。
学ぶ時にはその通りにやることが必要


太田の主張
「最初に思考があるけれどもそれを棄てているのではないか?」
その思考が直接伝わればよい
しかし思考は言葉や形を通してしか伝わらない
その時に見えない思考を大事にしなければならない
大事にできる人が少ないから優れた人は少ない


太田の主張
「真の「独創」はありうるか?」
いいえ。


京大生Aの主張
「そもそも独創力は良いものか?」
太田の主張
「今までにないものをみたいから、それでいいじゃないか」
今までにないものの中には単なる発想だけでは作れないものがある
たとえば30階のビルを建てるにはきちんと勉強する必要がある
太田の主張
「役立つかどうかは必要ない」
ビルも建てられないよ?


太田の主張
「感動した経験を他の人にも伝えたい」
何に感動するかは人それぞれだから、本当に同じ経験は難しい
中でもその核となるものはある


太田の主張
「西田幾多郎は滅私と自分であれ、チャップリンも同じことを言う。100%自分
 自己表現こそ人間そのものである。自分を殺してこそ輝く、それが個性では?」
自分が自分である限界を突き詰めると、自分が現れてくる
「正解が二つ」
二種深信


「独創力は育むことができるか?」
仲間が大事
独創力は伝播する


「独創人になりたい?」
「怖くないか?異端者は今ある倫理をすべて覆す」
「独創力=毒創力」
「反応の仕方は絶対にオリジナルだ」
「独創的じゃないということがあり得ない」
「逃げ出したくても私からは逃れられない」

おもしろい発想を形にする力ー独創力
大切なことが見つかれば表現力がついてくる
「好き」こそ独創力の源だ
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